水戸地方裁判所 昭和48年(レ)27号 判決 1974年11月26日
控訴人 森田朝雄
右訴訟代理人弁護士 鷹取謙治
被控訴人 大竹正年
右訴訟代理人弁護士 神田洋司
同 吉田康俊
同 弘中徹
同 飛田政雄
同 永倉嘉行
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中「原告のその余の請求を棄却する。」とある部分を除くその余の部分を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨。
第二当事者の主張
一 被控訴人の請求原因
1 被控訴人は昭和三八年一一月一六日控訴人に対し、その所有にかかる原判決別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)を材木置場として使用することを目的とし、地代一か月金四、〇〇〇円、存続期間一年の約定で賃貸して引き渡した。
2 本件土地は右賃貸借契約当時被控訴人が耕作の目的に供していた農地であるから、前記賃借権の設定については農地法第五条第一項所定の許可を受けなければその効力を生じないところ、現在に至るまで右賃借権の設定につきかかる許可を受けておらず、したがって本件賃貸借契約は無効である。
3 仮に前項の主張が認められないとしても、控訴人の本件土地の使用については前記賃貸借の目的に違反する重大な背信行為が存する。
すなわち、本件土地は材木置場として使用する旨の控訴人の申出によりかかる使用目的のもとに賃貸したのであるが、控訴人は本件土地を材木置場として使用する一方、同所で古材の販売業を始め、昭和四三、四年ころ被控訴人に無断で本件土地上に原判決別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を建築し始め、被控訴人の異議にもかかわらず材木をいれるだけのものだと言ってこれを強行したのみならず(もっとも本件建物は当初土台も床もない古トタンをうちつけたバラック程度のものであった。)、その後しばらくして製材作業所として原判決別紙見取図記載の工作物Dを建て内部に製材設備をととのえ、さらに原判決別紙見取図記載の工作物B、Cを建てたほか、本件建物の内部も改造し畳をいれ店舗及び居宅として使用できるようにした。
このため被控訴人は昭和四六年六月中旬ころ控訴人に対し本件土地を明渡すか、さもなくば地代を一か月金一万五、〇〇〇円に値上げするよう求めたが、控訴人は被控訴人の申出をいずれも拒否したばかりか、その後間もなくして被控訴人に無断で原判決別紙見取図記載の工作物Aの建築を始めたので、被控訴人は昭和四六年六月二五日ころ同工事の中止方を申入れるとともに、右工事続行禁止の仮処分決定を得てこれを執行した。
右の控訴人の一連の所為は本件賃貸借契約における土地の使用目的に違反し、被控訴人との信頼関係を破壊する重大な背信行為であるから、被控訴人は本訴状をもって本件賃貸借契約の解除の意思表示をなし、同訴状は控訴人に対し昭和四六年一〇月一四日に送達された。
4 仮に以上の主張が認められず控訴人が本件土地を建物所有の目的で賃借したものとすれば、本件賃貸借契約は控訴人の詐欺に基づくものである。
すなわち、控訴人は当初から本件土地を建物所有の目的で長期間賃借する意図を有していたのにかかわらず、かかる意図がないかの如く装い、本件土地はただ材木置場として使用するものである旨被控訴人に申し向けて同人を誤信させ、その結果本件賃貸借契約を締結するに至らせたものであるから控訴人の右所為は詐欺に該当し、被控訴人は昭和四八年四月五日の原審口頭弁論期日において本件賃貸借契約におけるその意思表示を取消す旨の意思表示をした。
5 控訴人は現に本件土地上に本件建物及び前記工作物A、B、C、Dを所有して本件土地を占有しており、本件土地の賃料は一か月金一万五、〇〇〇円をもって相当とする。
6 よって、被控訴人は控訴人に対し、本件建物及び前記工作物A、B、C、Dを収去して本件土地を明渡すとともに、本訴状送達の日の翌日である昭和四六年一〇月一五日から右明渡しずみまで一か月金一万五、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する控訴人の認否
1 請求原因1の事実中、被控訴人が控訴人に対しその所有にかかる本件土地を地代一か月金四、〇〇〇円の約定で賃貸して引き渡したことは認めるが、その余は否認する。本件土地の賃貸借の目的は建物所有の目的である。
2 同2の事実中、本件土地が本件賃貸借契約当時農地であったとの点は不知。本件賃貸借契約が無効であるとの主張については争う。
3 同3の事実中、控訴人が本件土地を材木置場として使用する一方、同所で古材の販売業を始めたこと、その後本件土地上に本件建物を建築し店舗及び居宅として使用していること、同じく本件土地上に製材作業所として工作物Dを建て内部に製材設備をととのえるとともに、さらに本件土地上に工作物B、Cを建てたこと、そのため被控訴人が控訴人に対し本件土地の地代を一か月金一万五、〇〇〇円に値上げするよう求めてきたが、控訴人がこれを拒否したこと、控訴人が本件土地上に工作物Aの建築を始めたところ、被控訴人が右工事の中止方を求めるとともに、右工事続行禁止の仮処分決定を得てこれを執行したことは認めるが、その余は否認する。
4 同4の事実中、本件土地賃貸借に際し控訴人に詐欺の意図があったとの点は否認する。
5 同5の事実中、本件土地の賃料相当額が一か月金一万五、〇〇〇円であるとの点は争い、その余は認める。
三 控訴人の抗弁
1 仮に本件賃貸借契約当時本件土地が法律的に農地と評価され得るものであったにしても、控訴人が本件土地を賃借する際には既に本件土地上には一面に葦が生えており控訴人にとって農地とは考えられなかったのみならず、控訴人は本件土地を賃借して以来本件土地を材木置場として使用する一方、現在に至るまで本件建物及び工作物A、B、C、Dを建て古材の販売業を営んでおり、被控訴人もかかる使用方法を容認してきたのであるから、本件土地の現況は既に宅地化されたというべきであり、したがって本件土地につき農地法の適用はなく同法第五条第一項所定の許可を受けていなくても控訴人は本件土地の適法な賃借権を有するものである。
2 本件賃貸借契約が建物所有を目的として締結されたものでないとしても、被控訴人は控訴人が本件土地を建物所有の目的で使用することを黙示的に承認し、本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものになった。
すなわち、控訴人は本件土地を賃借してのち直ちに本件土地上に事務所等を建て、昭和四二年ころこの事務所を取り壊し本件建物を建築し、さらに製材作業所として工作物Dを建てているところ、被控訴人は本件土地の近隣に居住したびたび本件土地に控訴人を訪ねており、本件建物等の存在を熟知していたのにかかわらず、格別控訴人に対し異議を述べなかったばかりか、昭和四二年五月ころ地代を一か月金五、〇〇〇円に値上げするよう要求し控訴人もこれを承諾しているのみならず、さらに昭和四六年五月ころにも地代を一挙に三倍の一か月金一万五、〇〇〇円に値上げするよう要求しているのであるから、これらの事実からすれば、被控訴人は控訴人が本件土地を建物所有の目的で使用することを黙示的に承認したというべきである。
四 抗弁に対する被控訴人の認否
1 抗弁1の主張は争う。
2 同2(一)の事実は否認する。(二)の事実中昭和四二年五月から地代を一か月金五、〇〇〇円に値上げしたこと及び昭和四六年地代を一か月金一万五、〇〇〇円に値上げするよう要求したことは認める。建物所有の目的で使用することを黙示的に承認したとの主張は争う。
第三証拠≪省略≫
理由
一 被控訴人が控訴人に対しその所有にかかる本件土地を地代一か月金四、〇〇〇円の約定で賃貸して引き渡したことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右賃貸借契約は昭和三八年一一月一六日に締結されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二 被控訴人は、本件土地は農地であるから農地法所定の許可を得ていない以上前記賃借権の設定はその効力を生じない旨主張する。
よって判断するに、農地法の規制を受ける農地とは「耕作の目的に供される土地」をいい(農地法第二条第一項参照。)、当該土地が農地であるかどうかは土地登記簿等の地目によるものではなく、もっぱらその土地の客観的な事実状態に基づき農地法の趣旨に則って判定すべき事柄であり、通常は現に耕作されている土地を指すが、それのみでなく将来耕作が予想され社会通念上耕作され得べき土地と考えられるいわゆる休耕地も農地法所定の農地というを妨げない。
そこで本件賃貸借契約のなされた昭和三八年一一月一六日当時の本件土地の状況についてみてみるに、≪証拠省略≫によれば、本件土地の登記簿上の地目は畑であり、本件土地を含む一帯は当時土地改良法に基づき牛久沼土地改良区による土地改良事業が施行されており、本件土地は従前の土地に代わるべき一時利用地として指定されていたこと、本件土地は一時耕作されていなかったため、一面によもぎなどの雑草が約六〇センチメートルほど生い茂り荒れ地のようになっていたが、被控訴人は同土地に冬作の小麦の作付をするべく妻とともに同所の除草作業をしていたところ、昭和三八年一一月一〇日ころ付近を通りかかった控訴人から同土地を材木置場として使用したい旨の申込を受けたこと、被控訴人は右申込を始め断わったものの、本件土地の除草作業も終了し小麦蒔の準備をしていた際、再び控訴人から借地方の懇請を受け、農収穫に見合う以上の地代を支払うことと右除草等の手間代を支払うことの申入れを受けてからこれを承諾し本件土地を賃貸するに至ったこと、当時本件土地の周囲の畑には作付がなされていたこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右認定事実によれば、本件土地は本件賃貸借契約締結当時現に耕作されていなかったことは明らかであるけれども、被控訴人によってまさに耕作に供されようとしていたのであり、前段説示したところに照らしてみれば同土地を農地法所定の農地というを妨げない。
三 しかるに、控訴人は本件土地はその賃貸借契約当時の情況は暫くこれを措くとするも現在は既に非農地化しており農地法第五条第一項の許可がなくても適法な賃借権を有する旨主張するので、この点判断するに、控訴人が本件土地を材木置場として使用する一方、同所で古材の販売業をしていたこと、本件土地上に本件建物を建築し店舗及び居宅として使用していること、同じく本件土地上に製材作業所として工作物Dを建て内部に製材設備をととのえるとともに、さらに本件土地上に工作物B、Cを建てたこと、被控訴人が控訴人に対し本件土地の地代を一か月金一万五、〇〇〇円に値上げするよう求めたが、控訴人がこれを拒否したこと、控訴人が本件土地上に工作物Aの建築を始めたところ、被控訴人が右工事の中止方を求めるとともに、右工事続行禁止の仮処分決定を得てこれを執行したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人、被控訴人間の本件賃貸借契約当時の本件土地の使用目的は材木置場としてであり、使用期間も一か年と短期の約定をしたこと、控訴人は本件土地を賃借して数日後同土地に建物を解体した古材等を運び込んで材木置場として使用し始め、それから間もなくして古材を使って建坪六坪余りの簡易なバラック建事務所を建て同所で古材の販売業を始めたこと、材木は当初雨ざらしに置いていたが、その後トタン葺の雨よけ屋根をもつ工作物Bを作りその下に立てかけるなどしたこと、昭和四二年春ころ前記バラック建事務所を取り壊し、その跡地付近に本件建物を建てるとともに、さらに製材作業所として工作物Dを建て内部に一応の製材設備を整えたこと、車庫として使用されている工作物Cの建設時期は証拠上必ずしも明瞭ではないが、本件建物及び工作物C、Dはいずれも古材を使用し周囲をトタン等で囲った簡素な造りであること、昭和四二年五月分から本件土地の地代は従前の一か月金四、〇〇〇円から金五、〇〇〇円に値上げされたこと、控訴人は昭和四六年六月ころ本格的な家屋として工作物Aの建築を始め、被控訴人から中止を求められたもののこれを続行したところ、同年七月二一日本件土地及び建物の執行官保管、現状不変更を条件とする債務者使用の仮処分決定の執行を受けるに至ったこと、控訴人は水戸地方法務局竜ヶ崎支局昭和四六年八月二日受付をもって本件建物及び付属建物たる作業所等の所有権保存登記を了したこと、本件土地は昭和四五年六月一一日被控訴人に対し土地改良法による換地処分がなされ、また現在は都市計画法による市街化を抑制すべき地域として市街化調整区域に指定されていること、もっとも本件土地から幅員約五・四メートルの市道をへだてた南西側の土地一帯は同法による市街化区域に指定されていること、本件土地の北西側及び南東側は畑で、北東側は水田であり、付近一帯は水田地帯であること、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右の事実によれば、控訴人は本件土地を材木置場として賃借し以来今日に至るまで既に一〇年有余本件土地上に建物、工作物等を設置するなどして同所で古材の販売業を営んでいたのであるから、本件土地の現況のみをとらえてみれば一応同土地が非農地化しているものと認めてもよいように思われる。
ところで農地を農地以外のものに利用するために賃借権を設定するには法定の効力発生要件たる農地法第五条第一項の県知事の許可が必要とされるわけであり、この許可を得ない以上当該賃貸借契約はその効力を発しないが、本件のように賃貸土地がその賃貸借契約成立後当該土地の非農地化が進行し現況としては既にこれを農地と認め難くなっている場合にも右と同様にいえるものかどうかについては問題のあるところである。けだし、既に説示したとおり農地法地所定の農地であるか否かを当該土地の客観的な事実状態に基づいて判断するいわゆる現況主義を徹底すると、当該土地が現況において非農地化している以上、同土地に対する農地法の適用はもはやないものと解する余地が存するからであり、当裁判所も一応農地についてのいわゆる現況主義は原則として是認すべきものであると考える。
しかしながら、これまで説示したところから明らかな本件事実関係のもとでは本件土地について前記のとおり非農地化したからといって農地法の適用がなくなるものと解することは相当でないと思料する。すなわち、契約後に農地が農地でなくなった場合に農地法所定の許可を受けずに該契約の効力が完全に生ずるというためには、当該土地のみの現況から同土地が非農地化したと認められれば足りるというものではなく、その他当事者間の契約の目的、非農地化するに至った経緯、従前の農地としての性格、現在の同土地の付近一帯の客観的状況等の諸般の事情及び都市計画法等に則って具現される土地政策との関連等を考慮し、これに農地法第八三条の二(違反転用に対する処分)の規定の趣旨も斟酌して総合的に判断し、当該事案において農地法所定の許可を不要としても、同法第五条の立法趣旨を実質的に侵害せず、むしろ社会通念上非農地として契約の効力を認めることが相当とされる場合にかぎって、許可なくして契約の効力が生ずると解すべきところ、これを本件についてみてみるに、本件賃貸借契約の目的は建物所有とは認められず材木置場としてであり、期間も相当長期に亘ることは当初予想していなかったのみならず、本件土地上に建物、工作物等を建て同土地を非農地化するについては控訴人が本件建物ならびに前記B、C、Dの工作物を設置した後において被控訴人が本件土地の賃料を一月金五、〇〇〇円からその三倍の金一万五、〇〇〇円に値上する要求をしたなど賃貸人たる被控訴人もある程度黙認していた節が窺われないわけではないけれども、もっぱら賃借人たる控訴人がこれを積極的に行なっていること、本件土地は農業生産の基盤の整備開発を図り農業の生産性の向上等を目的とする土地改良法に基づき土地改良事業が施行された土地であり農地として保全すべきことが強く要請されるうえ、未だ同土地の付近一帯は畑及び水田地帯であること、本件土地から道路をへだてた向い側の土地が都市計画法による市街地化区域に指定されているとはいうものの、本件土地自体は農業地域として市街化を抑制すべき市街化調整区域に指定されていること、したがって仮に農地法第五条第一項の許可申請手続をしたところで控訴人に対し許可になる可能性は少ないこと(「市街化調整区域における農地転用許可基準について」(昭和四四年一〇月二二日農林次官通達四四農地B第三一六五号)参照。)等の前示したところを総合考慮すれば、本件土地については未だ農地法の適用があり、農地法所定の許可なくして契約の効力が生ずべき場合には該当しないというべきである。
してみれば、控訴人のこの点の抗弁は採用できず、控訴人は被控訴人に対し本件土地を占有し得る正当な権原を有しないことになるから、本件建物及び工作物A、B、C、Dを収去して本件土地を明渡すべき義務がある。
四 なおこれまでに説示した諸般の事情を総合すると、本件土地の賃料相当額は少くとも金五、〇〇〇円を下らないと認められる。
五 よって、控訴人の被控訴人に対する本訴請求中、本件建物及び工作物A、B、C、Dを収去して本件土地を明渡し、かつ本訴状の送達された日の翌日である昭和四六年一〇月一五日から右明渡しずみまで一か月金五、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める部分は正当として認容すべく、その余の部分は失当として棄却を免れず、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 太田昭雄 武田聿弘)